私が産婆に至るまで
なぜここまで「産婆」という職業に見せられたのか?
なぜ「生命の誕生」に時間を忘れ、その他の事すべて、時には、家族のことまで忘れて付き合うようになってしまったのか?

私は助産師になるまで、白衣の天使にあこがれたわけでもなく、命についてそれほど真剣に考えることもなく生きてきました。
出産経験も看護職であることをあえて隠すような体験でしかありませんでした。
助産師にあこがれて進学したわけでもなくその経緯は、実に矛盾だらけでした。
私が、助産師教育を受ける機会を得た直接の動機は、教育機関の始業時間が遅く、子どもを保育園に送っていく余裕があるのではと考えたこと。
現役の看護職を経験していない自分は、何かの再教育を受けねければ現場の医療には入れないだろうという自信のなさと不安が強かったこと。
一年間だけならという、助産師教育に対する甘い考えがあったこと。
案の定、たった一ヶ月半で、すぐにあごが出て、「退学願」を出すような事態になりました。
そこで、教官に厳しく助産教育の現状を諭され、忍耐の大切さを学び、夏休みという「学生の特権の時間」を持つことが出来たのです。
そして、教官の助言による、夏休み期間のクラスメートとの«助産院訪問»、これが私の運命を変えたのです。故、三森孔子先生との出会いがあったのです。