私が産婆に至るまで(続き1)

超多忙な、開業助産師、三森先生は、私たち三人の助産師学生の助産院訪問を実に、あっさりと認めてくださいました。
そして、私は、東京立川市にあった三森助産院というところで、『お産というものが、いったい「誰のものなのか」を言葉ではなく、
実際に生まれ出てくる赤ん坊たちのエネルギーによって知ることが出来ました。』
それは衝撃でした。
「目からうろこ」という言葉がありますが、私には、三森助産院で立ち会った命の誕生は、それ以上の衝撃的なものでした。
鳥肌が立ち、「命ある女性が命を生み出す」ということが信じられないほどの感動と共に押し寄せてきました。
このときに、私の将来あるべき姿がみえ、私は助産師になるのだということを心に誓いました。
私の仕事は、これだと直感したのです。
自分自身の「天職」を意識した瞬間でした。

短い夏休みが過ぎ、それまでの自分自身を振り返ってみると、思い出すのも恥ずかしいほど、無知だったことに気づきました。
お産の経験が、二度もありながら、私にとっては、「お産は恐怖」でした。
私の体験では、「お産とは、苦しくて辛いもの、耐えるしかないもの」、という後ろ向きで否定的なものだったのです。
「お産が、誰のものか?誰が主役なのか?」「赤ん坊がどのように生まれ出るのか?」、「生まれてくる赤ん坊とどのように付き合っていけば楽しいだろうか?」
そもそも、「赤ん坊を自分の子宮で育み、そこから生み出せることを可能にしている女性の体の仕組みについてどこまで理解しているのか?」
「お産ができる女性という『性』についての正しい認識については、どうだろうか?」
また、「自分自身、女性であることをどのように認識していたのだろか?」などなど、私の頭の中は、疑問文でいっぱいになってしまいました。